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初めての月命日。

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今日は父の初めての月命日です。

『私のお墓の前で泣かないで下さい。そこに、私はいません、眠ってなんかいません』
という歌詞がありましたが、嫁ぎ先や私の里の宗派というものは、その歌詞通りのようです。

仏壇(墓)には、故人の写真や位牌では無く、阿弥陀様をお祭り(お祀り)して、
亡くなった人も残された人も、阿弥陀様にすくい上げられて、幸せだというのです。

極楽浄土で、20数年間、耳が遠かった父に、孫や曾孫の笑う声が届いていると思うと、嬉しくなります。



爪には効果がありました。

3ヶ月間飲んでいた『ビオチン』ヤッパリ効果がありました。

爪の先がギザギザになって、爪ヤスリを使っても、爪切りを使っても、爪の先が収まりませんでした。
『ビオチン』を飲んで、暫く(1ヶ月くらい?)すると爪がシッカリしてきました。

続けるつもりでしたが、丁度3ヶ月経つ頃に『めまい』の薬を飲むために、中止しました。
それから、2ヶ月で、ヤッパリ元に戻りました。

ドンドン深爪になっていきました。
beforeでは爪の厚みがありますが、酷い
時は卵の薄皮が皮膚に張り付いただけの、薄い爪になっていました。
で、5月15日から、又『ビオチン』を飲み始めました。

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左の人差し指 before
爪の先が薄々でギザギザになって、爪やすりでも爪切りでも対応できなくて、深爪になっていました。


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左の人差し指 after
『ビオチン』を飲んで、爪を伸ばして2週間で、爪らしくなりました。



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左の薬指 before
人差し指ほど、薄くなってはいませんが、ギザギザ感が酷くて、深爪になりつつありました。



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左の薬指 after
爪を整えていませんので、ギザギザの名残がありますが、爪自体はシッカリしてきました。

以前は1日に5mgを摂っていましたが、今回は10mgにしました。
効果が早く出ているようです。
爪の先がしっかりして、落ち着いてきました。
後1ヶ月は10mgを摂って、爪先が本当にシッカリとしてきたら5mgに戻します。








趣味は家を建てること。

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父が亡くなってから、明日で四七日(28日)となります。
月日経つのは、本当に早いものです。

晩年には、カードが趣味でした。
亡くなる前日も母とカードで遊び、手を振って別れたようです。
が、10年位までは大工仕事が趣味でした。
が、それよりも、前は家を建てることが趣味だったことを思い出しました。

父の父親は、それなりの財産と家屋敷を持っていた人だったそうですが、坊ちゃんだったせいか、
全てを食い潰して、早くに亡くなったようです(これ以外は、語ることはありませんでした)
そのことが、トラウマかどうかは分かりませんが、
父は92歳で、亡くなるまで、自分の父親を許さず、自分の家を持つことに執着していました。

結婚前に母親に自分で家を、建ててやったそうです。
二軒目の、父が手作りした小さな家に小学校6年生まで、住んでいました。
弟はその家の居間にある掘りごたつが大好きだったそうです(使っていた燃料のことまで覚えていましたww)
その小さな家は、三軒先の家からの貰い火で全焼しました。

その頃も、父は、完成予定の無い家を建築中でした。
木造が2軒続いた後で、鉄筋コンクリートとブロックを組み合わせた建物でした。
日曜日になると、家族を伴って出掛け、よく手伝わされたそうです。

私には、手伝った記憶がまるで、ありませんが、当時小学校3年生の弟は良く覚えているようです。
父の性格上、私だけが、手伝わないで良かったとは思えませんので、
私は苦しかったことは、記憶の外に出してしまったのだと思います(笑)

火事で焼け出された後、その作りかけの建物で、長い仮住いをしました。
1階が倉庫、2階から3階が住居となっていました。
が、55年前は、2階部分が、今でいう1kの間取りでした。
3階はあったけれども、住居にはなっていなかったと記憶しています。
多分、父は住みながら、趣味を楽しんでいたのでしょう。

そして、父と母の二人暮らしになった時に、20年近く住んだ家を人に譲り、建て売り住宅を買ったのでした。
母の話によると、父と散歩をしていた時に、見つけた建売住宅の建設現場で、
大工さんの、丁寧な仕事振りに感動して、即断したそうです。
自分で建てることに、執着して拘っていた人が、
長年に渡って手がけ家を手放したことは、私の中では不思議でした。

エレベーターの付けられない、階段の多い家は、老いていく先が不安だったのかもしれません。
が、今となっては分かりません。


お決まりのコント(^_^)v

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久しぶりの京都の街、電車を降りて、駅を出て、暫くして、サングラスがないことに気づきました。
先に歩いていた夫に「ちょっと待ってて」と言って、引き返しました。
早足でズンズン歩き、100m?何処まで行っても無くて、心底ガッカリしました。

追いついてきた夫が「何かなくした?」
私「サングラス」
夫は私を指差して「かけているじゃない」



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けれど、夫も負けてはいないです。
スタバで、夫は、バツが悪そうな顔で「一個しか頼んでなかったらしい」とやって来ました(笑)
レジの列は長く、並ぶ元気もなくて、ストローを、もう一本追加でした(笑)

本当に、今日は暑かったです。


夫の独り言。

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お昼のキッチンの洗い物を終えたエプロン姿の夫が向こうから、歩いてきてます。
「ブォッ」と聞こえ、私は「え〜、な〜に〜ww」と問いかけます。
夫は「独り言〜」って(笑)

夫が人前で、オナラをすることは、ほとんどありません。
意外だったので、からかってみます(c_c)
独り言って、敵もやるよの〜ぅ。





気持ちです。

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2週間ほど、ブログの世界から離れていただけでしたが、肉体的な疲労が、
ことのほか大きくて、精神までも、潰されそうでした。

寄る年波には勝てないということです(別に勝負したつもりはありませんがww)
母に良いところを見せすぎたのかもしれません(−_−;)

久しぶりのブログの世界は、いつもと変わりなくて、
短い期間、離れただけでしたが、懐かしさでいっぱいになりました。

しかし、疲れからか、戻る気力と勇気がなくなっていました。

そのような中で、アクセス数をみると、
投稿していないにも関わらず、毎日、訪問して頂いていたことに、感激しました。
昨夜の投稿は、そういう嬉しさで書いた記事でした。

ブログという目に見えない世界で、
頂いたコメントの文章から人柄を想像して、優しい風に励まされて、幸せを感じました。
そして、訪問して下さった方々、コメントを残して下さった方々、ありがとうございました。

只今、精神力のリハビリ中です。
人見知りを修復中です。
厄介であります ( ̄^ ̄)ゞ




準備は出来ていたはずなのに。

少し前から不祝儀の準備をしていました。

クロゼットに入っている喪服や『クロ』の小物類をまとめて、夫の部屋の目に見える所に出しておきました。
私の父が急変した時は、私が先に出掛け、夫や娘は後から来るはずですから、
夫と2人で、ひとまとめにした事を確認しながら、準備したのでした。
しかし、現実には、ヤッパリあれがない、これがないと、右往左往したようでした(笑)

カバンも靴も用意して、一緒に置いていました。
詰めれば良いだけにしていました。

なのに『私の数珠&黒ネクタイ&黒靴下が不明』と夫からのメールが入りました。
そこに、目の前に全部あるはずなのに〜

自分の準備を終えた娘から、
夫を手伝っているのか「数珠あった。靴下あった。ネクタイありません。ネクタイあったよ〜」とメール。
本当にまぁ〜、有るに決まっているよ〜、目の前だぜ〜

探す必要が無いように、一か所にまとめているのに、それでも、探し回るとは、何たることだ〜
72歳の夫を鍛えなきゃ(笑)




帰宅しました。

昨日、父の葬儀を終えて、帰宅しました。
老衰のお陰なのか、サスペンスドラマのような突発事項もなく、穏やかに終わりました。

私の疲労困憊の原因は母の希望に沿った、家具の移動や整理でした(笑)
いつか、書くことがあるかもしれませんが、肉体的にも限界を超えて来ました。


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新幹線の駅に着くと、段々と疲れが出てきて、心臓が止まりそうでした(笑)
で、水素水で、我が身体を慰労してやりました。


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寝る体勢を整えました。
乗客は少ないようですが、大口を開けたとしても分からないように、
サングラスとダウンのジャケットで、隠れました。
下は、新幹線の車内用膝掛け(茶色)で覆っています。

帰宅するとスッカリ、人見知り状態で、いろいろな段取りが出来ません。